飛鳥山公園
飛鳥山の紫陽花、旧古河庭園の薔薇を見た後、再び飛鳥山公園へ。
飛鳥山といえば吉宗公以来の桜の名所。
寛政十一年(1799年)の古地図にも、滝野川のそばに「あすか山 さくらの名所」と書かれ、桜の絵が描かれている。
吉宗が桜の苗を植えたのが享保五年(1720年)だから、この頃にはすでに見事な桜が見られたことだろう。
幕末の安政五年(1858年)の飛鳥山。
ここに桜と一緒に描かれている石碑が、『飛鳥山の碑』として知られるもの。
元文二年(1737年)建立というから、飛鳥山が一般に公開されるようになった際に建てられたものなのかもしれない。
同じ碑が葛飾北斎らの浮世絵にも登場しており、桜とともに飛鳥山のランドマークとなっていたようだが、当時から碑文が難読として知られており、川柳にも
飛鳥山 何と読んだか 拝むなり
とか
この花を 折るなだろうと 石碑みる
だの
飛鳥山 どなたの墓と べらぼうめ
と読まれていて、思わずニヤリとさせられる。
桜賦の碑。
佐久間象山の詠んだ詩を、門弟で義兄の勝海舟が明治になって碑にしたものという。
俳人岡野知十の句碑。
『佛生を 復活を 花笑ふ日に』
(イチ)