赤羽八幡神社(東京都北区赤羽)


赤羽駅からほど近い赤羽八幡神社。良く近くを通るのですが、山を貫く新幹線のそばに立つ鳥居とモーレツな坂道がいつも気になっていたのでした。
左に見えるのは通称師団坂。工兵坂とも呼ばれ、赤羽が陸軍の街であった事を思い出させてくれます。



右に曲がって新幹線の高架をくぐると、思いかげず立派な鳥居が。
そばには日露戦争を記念する石碑がいくつも建てられています。



八幡宮 是ヨリ左へ一丁」
一丁は今でいう109mほど。かつては日光街道をゆく旅人の道標だったのだろう。
右側面には「天保十一年子三月吉日再建」、左側面には坂上宿禰田村麻呂が延暦三年に東征した際に神社が創建した旨が記されている。



参道の急な階段。



階段途中には、大正十四年に氏子たちが越中立山へ参拝登山をさいた記念碑が建っていた。



関東大震災などの被害を経て、昭和6年に建設された拝殿。
品陀和気命応神天皇)を主神とし、帯中津日子命仲哀天皇)、息長帯比売命神功皇后)を御祭神としているのだそうです。


上に載せた道標に書いてあった通り、延暦三年に坂上田村麻呂が東征の折にこのあたりに陣を敷いた折に三神を勘定して祭ったのだと伝えられているそうです。
江戸時代には岩淵郷、赤羽根村、下村、袋村、稲付村と近所の村々の総鎮守として人々の信仰を集めたのだとか。


かつては広大な神域を持っていたものの、鉄道の敷設や陸軍施設の建設のために用地を供出した結果、往時の三分の一ほどの敷地面積となってしまっているらしい。その上、現在では新幹線のトンネルが山を貫いている。



火伏せの霊験あらたかという古峰神社。これは栃木の古峰神社を勧進したもので、明治36年の赤羽大火後に始まった氏子さんたちの栃木古峰神社への代参講は、100年以上経った今でも続いているのだそうです。



別棟では大国主神社や北野神社、稲荷神社なども。



北野神社の牛天神。しっかり頭を撫でておきました。



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