彩色江戸物売図絵(著:三谷一馬)
- 作者: 三谷一馬
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1996/03/18
- メディア: 文庫
- 購入: 4人 クリック: 11回
- この商品を含むブログ (6件) を見る
この本には、店を構えて商売をせず街を歩きながら物を売るいわゆる振売や、物乞いの類が描かれている。飴売りたちの子供たちを喜ばせるいでたち、七味唐辛子売りの全身赤の装束に唐辛子の張りぼてを背負った奇妙な格好も面白いし、おでん燗酒売りや風鈴そば屋なんて旨そうだなぁなんて思わずにはいられない。そういや、篠田鉱造の幕末百話だったかに、屋台のそば屋でそばを食べ、店の親父に汁を足してくれるよう頼んだら、汁をケチってただの水を足されて腹を立てた挙句ボコボコにした…なんてエピソードがあった。
こうした商売も面白いけれど、物乞いたちのやりかたもとても面白い。杉浦日向子さんの著作にも、金がなくなると煤で顔を黒くしてしゃもじを手に閻魔大王に扮たり、原に顔を書いたりしてその日のお足を稼ぐ江戸っ子の姿が描かれていたが、たとえば「千両箱の軽子」など、千両箱を肩に担いで勝手にやって来て「ただいま大阪の鴻の池から千両箱が着きました。奥蔵へ持ち込ませうわい。ヘイヘイ軽子賃は一貫と一文でござります。一貫はお預けに致しまして、只今一文だけ頂いて参ります」なんて言って一文だけ貰って帰るのだ(笑)他にも幽霊に扮した片足の不自由な物乞いや、立派に能を舞う者、終いには猫の坊主のいでたちをして「回向院」ならぬ「ねこう院」と称し、托鉢の鉄鉢の代わりにアワビの貝殻をもってにゃごにゃごと回向して廻った一団がいたのだそうだ。これはさすがに回向院からの苦情で差し止めとなったそうだが、ここまでくると、物乞いというよりも大道芸と言った方が良いかもしれない。
あと面白いのが、考え物という「一種風変りの乞食」。朝に街を回って商店の入口から謎かけの書いた紙を放り投げ、夕方に再びまわって金を貰い歩いてくる。
この謎というのも面白くて、『涼風が立てバ そろそろたたむ蚊帳 国三ヶ国』というもの。涼風が立つ=秋=安芸、そろそろたたむ蚊帳=蚊がいない=加賀伊豆というわけで、国三ヶ国というのは『安芸加賀伊豆』が正解。
三谷一馬さんは他にも同種の著作をいくつも出しておられ、そのすべてが文庫化されているわけではなくて高額な豪華版しかないものもあるようだけれど、江戸好きはどれも必見必携のものだと思う。
(イチ)