大正時代の身の上相談(カタログハウス編)

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

大正時代、当時最大のマスメディアであった全国紙(読売新聞)へ寄せられた、身の上相談をまとめた一冊。


よく、昔の人はエラかったなんて言うでしょ。(最近はあまり聞かれなくなった気がするけど)あれは多分ウソで、エラい人は昔も今もやっぱりエラいし、エラくない人は昔も今も同じようにエラくないんじゃないだろうか。そして僕を含めた世の中の圧倒的多数のエラくない人たちは、今も昔もよそから見れば取るに足らない小さな悩みで小さな胸を一杯にして悶えるのだ。
この本にまとめられた129篇のお悩みは、どれもそんな市井の小市民たちのしょーもない、でも当人からすれば世の終わりのような深い悩みばかり。


一例を挙げてみると、「僕のお尻が大人の女の人のように大きい」ことを悲しむ男子中学生や、「身の丈五尺ようやくの小男のために、常に悶えております。このために学問する気にもなりません」という21歳学生やら、「雷が恐ろしくてしかた」なく催眠療法をしたいから博士の住所を教えてほしいと頼む男性、音楽を学んだこともないのに突如声楽家を目指したくなり「酒もたばこも口にせず、それに童貞です。そのためか子供子供した声が出ます。どうでしょうか。声楽家としてものになるでしょうか。ものになると仮定して、親切な音楽家のお世話を受けたい」と紹介を依頼する21歳の田舎のプー太郎などなど。中学の頃って自分の身体が他の人と違うんじゃないかと不安を覚えがちな年頃なので理解できるとして、最後の21歳男性に至ってはちょっと目も当てられない。
しかしまあ、意外と時代を超えた才能ってこんな訳の解らないきっかけから育っていくものなのかも知れない。もちろん、その陰には無数の才能のなかった人たちがいるんだろうけど。


面白いのが上に引用した身の丈五尺の学生をはじめ、投稿者が学生の場合大抵「懊悩のうち通学も怠りがち」になったり、悩みのために「学業も手につかず」「学問も思うようにいかず」という状態を訴えること。きっと抱えていた悩みがスカッと晴れても、別な悩みが頭をもたげて通学が怠りがちになったり、学業が手に付かなくなったりするんですよね。


掲載されている悩みの中で一番多いのが、男女間の交際を巡るトラブルや夫婦間の悩み。この比率はいつの世も変わらないんだろうな。
ただし内容は時代を反映していて、明治の古い結婚観や貞操感と、大正の新しい世代の考え方とがぶつかり合った結果、彼ら大正人の悩みはさらに深くなっているようだ、


女性の社会進出が進み、職業婦人なんて言葉がはやり出した頃。新卒の年下の女性上司に呼び捨てにされて憤る中堅男性社員とか、産休後に復職できなかった元同僚に同情する女性社員など、今の世にも同じ話がたくさん転がっていそう。中には女飛行家になりたいと憧れる女学生なんかもいて、80余年も前の投書なのに思わず応援したくなってしまいます。


夢見る神戸の少女は、少しでも夢に近付けただろうか?


イチ